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では、何を意図して書いたのか?2008年07月02日 18時41分33秒

「死に神」コラムへの抗議、朝日新聞が犯罪被害者の会に回答
7月2日11時40分配信 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080702-00000022-yom-soci

「厳粛に受け止める」=「死に神」抗議に回答-朝日新聞
7月2日16時32分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080702-00000087-jij-soci

一方、朝日新聞(asahi.com)
素粒子への批判 厳粛に受け止め 犯罪被害者の会に本社
2008年7月2日3時14分
http://www.asahi.com/national/update/0702/TKY200807020001.html

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朝日新聞を取っていないので、該当Web記事から判断します。

asahi.com 抜粋

>回答はコラムについて、死刑を巡る鳩山法相の一連の言動を踏まえたものと説明
(略)
> また、朝日新聞は死刑廃止の立場をとっていないとしたうえで、執行にあたっては慎重な対応を求めてきたことを説明。
鳩山法相が昨年9月の記者会見で、「半年以内に死刑は執行されねばならないという規定が自動的に進むような方法はないのか」「ベルトコンベヤーと言ってはいけないが、順番通りということなのか、それとも乱数表なのか、わからないけれど」と述べた後、ほぼ2カ月間隔で死刑の執行を命じ、就任から1年足らずで13人の死刑が執行されたことを指摘。

こうした一連の言動を踏まえ、社会の様々な出来事を短行で批評する「素粒子」筆者の視点から「死に神」などと表現したと答えた。

 鳩山法相については「中傷する意図は全くありませんでした。法相が『侮辱』『中傷』とお受け取りになったとすれば、残念です」とした。

----ここまで------
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風刺的描写である以上、多少過激な表現になる事はよくある話だと思います。
実際、このブログでも過激(すぎる)表現で色々な意見が巻き起こっていることから考えれば、ごくごく自然な流れだと言えます。

過激な表現を用い、議論を紛糾させる、問題意識を沸き起こさせるというのは、このブログでもよくやっている事ですので、それ自体はあまり問題視しようとは思いません。


ただ、問題なのはその後の対応。
朝日側の回答は明らかに間違っています。

この記事について、朝日側は「中傷する意図は全くありませんでした。法相が『侮辱』『中傷』とお受け取りになったとすれば、残念です」と書いていますが、

ならば『どのような意図があったのか』答えるべきでしょう。

文章を書き、発表する以上は必ず「発表する意図」がそこには存在します。
今回の朝日新聞のコラムについては、「死に神」と評した以上、評するだけの内心的理由があったということに間違いありません。

これが、中傷や侮蔑の意図が無いというならば、いかなる意図があって発言したのか?
少なくとも本来、その『意図』を述べるべき責任が朝日側に存在します。

自分が書いた目的等について、質問があれば正しく述べるのは、記事を書いたものの最低限の義務です。

それがなければ、『意味も無く』または『恣意的に』書いたと言われても、反論する術を持ちません。

しかしながら、その『意図』を記載した文章は今のところネットでは見当たりません。(朝日新聞のWebサイトでも)

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では、彼は『意図を持たずに』発言したと言うことなのでしょうか?

仮にそうだとすれば、それはそれで記者として・新聞として非常に問題でしょう。

自分がコラムを書く上で、何も考えずにただ文章を書いている。
その、「何も考えない言葉」を垂れ流しているという事を自ら告白したようなものですから。


文章がうまい・下手という問題ではなく

「意図は無い」「本当の意図は別にある」といいながら、
その『意図』を説明もしない。

この記者は、単なる言い逃れをしているだけで、「自分の発言について何ら責任を持ちません」と自ら宣言している事に気がつかないのでしょうか?

また朝日新聞自体も、このような「自分の発言に責任を持とうともしない記者のたわごと」を、当たり前のように掲載しているという事に何も感じないのでしょうか?

責任をもたない発言をする事も「報道の自由」だと思っているのでしょうか?

----
少なくとも「意図は無かった」というのであれば、
「どのような意図があったのか」それを説明する責任が朝日新聞にはあるでしょう。

もし、それができないのであれば
朝日新聞自体が、全ての記事について「意図:を持たない、ただの情報垂れ流し新聞だと、沈黙を持って肯定してしまった事になるでしょう。

-----
私は、朝日新聞が嫌いです。
その事を隠そうとは思いません。

しかしながら、その事を差し引いても、

この「意図が誤って伝わっている」(侮辱する意図は無かった)
というのであれば、自分が伝えたかった意図とは何か?
をきちんと表明するべきでしょう。

それが、少なくとも、報道としての最低限の責務。記事を書くものとしての最低限の責務だと私は思います。

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--------
さて、朝日の馬鹿っぷりはともかく、

本人が好きか嫌いかは別として、鳩山法相は「法治国家」として、法に基づいて粛々と業務(死刑執行)を行っているだけです。
これを否定する事だけはできません。

法相自体は、現行制度について苦言を呈した上で、「法を司る者」として、現行法に基づいた「法執行」を行っているだけです。

これを風刺するという事は、朝日は何を主張したかったのでしょう?

『法を無視した勝手な運用を行え』と主張したいのでしょうか?

仮に死刑判決が出たのに、法務大臣の恣意的な行動により死刑が執行されないとなれば、それは逆に「法治国家」を否定することになります。

つまり「日本は『法治国家』を辞めるべきだ」と主張したいのでしょうか?


被害者の方々の心情という事を抜きにしても、朝日新聞が鳩山法相の死刑執行を批判するという事は、現行の「死刑制度の問題点」を改善する事が目的でないのならば、それは「法治国家否定論」以外の何物でもありません。

ところが、その説明が何もない。
未だに「侮辱する意図はありませんでした」という回答だけで、
どのような主張を元に書いたのか説明を行わない。

やはり朝日は「説明できない意図があった」と解釈してもいいのでしょうか?
『説明できないほどの意図』という事は、
「法治国家の否定」を意図しているのだと読み取っていいのでしょうか。

朝日側の明確な説明が望まれます。

……まさか「法相が嫌いだから適当に難癖をつけてやれ」などという低次元の意図で書いたというわけではないですよね?

天下の朝日新聞は、そんなレベルでコラムを全国に垂れ流すような新聞じゃないですよねぇ。

コメント

_ ara ― 2008年07月02日 20時59分13秒

始めまして、お邪魔虫です。
失礼ながら、あなたはしつこ過ぎます・・・・
私も、素粒子の方は言い過ぎと思いましたが、世の中には、死刑をするのは酷である、という意見の方もいるのです。たまたまあの方がそうであったのでしょう・・・・
ちょっと皮肉ったつもりであったのです。
意図がどうのこうの、追求するよりは、あなたがあの人の人となりを推量すれば良いのです。
むしろあまりに拘り過ぎる、あなたの考えに歪みが見てとれます。
あの人の意見を捉えて朝日新聞云々という、発展した考え方は、あなたの人となりが読み取られます・・・・
鳩山さんや、被害者家族が気分を害して文句を言うのは分かりますが、赤の他人様がそこまで追及するのは逆にあなたの邪な考え方が底流にあるのではないかと勘ぐることもできます。
失礼しました・・・・・

_ TAKE(管理人) ― 2008年07月02日 23時40分48秒

コメントありがとうございます。

確かに私は「朝日新聞が嫌い」です。
それは記事にも書いたとおりです。

過激にしつこく書いている事も、否定しません。

しかしながら、「言いすぎ」である事を責めているのではなく、「言った意図」を問われておきながら、「誹謗する意図は無かった」とだけ回答している。

ここに問題があるのではないか?
というのが、この文章での主軸です。

少なくとも「書いた意図」は執筆者が一番よく知っています。

「侮辱の意図は無い」と言われるのであれば、その流れとして「こういう意図があります」と述べるのが筋ではないでしょうか?

>意図がどうのこうの、追求するよりは、あなたがあの人の人となりを推量すれば良いのです。

これは間違っていると思います。

少なくとも「記者」として自分の意見を「言う」立場にある人は、発言した「自分の意見」を説明する責任を持つ必要があります。

それを『後は、勝手に個人で解釈してくれ』というのは、あまりに無責任だと思います。

それが、報道姿勢だとすれば、その記者は「3流ゴシップ紙」のでたらめ記事を書いている人と何ら変わりはありません。

少なくとも、「朝日新聞」において掲載した以上、その発言には「最後まで責任を負う」。

それが、記者としての基本だと、私は考えます。

_ ara ― 2008年07月03日 06時49分46秒

ありがとうございます。
「素粒子」というコラム自体、あれこれ追求すべき場所ではないでしょう・・・・
つまり、議論の場ではないのです。
言いっ放しの場なのです。
だから、読む方も流して面白がって読む場所であるのです。
ただ、その辺のニイちゃんが書く場所ではなく、一応識見を有する人が書いてはいるのでしょう・・・・
たまにはそのように逸脱する場合もあるのです。
だからそのようなコラムであるからこそ自由自在に物が言えて面白いのです。
逸脱ギリギリちゃんだから共感を得るのです。
ただ今回は、表現が浅かった・・・深み、が、なかった、と言うことなのです。
それは、読み手が理解してあげる度量が必要なのです。
だから、鳩山さんも名誉毀損で訴えるような意固地ではないのです。お兄さんも皮肉で返しているではありませんか・・・
新聞に漫画もあれば、政治批評もあるし、イヤミも皮肉も文句もあります。
あまりしつこく非難するのは、あなたの人間性にも、またあなたの意図するところも、痛くない腹を探られることになりますよ・・・・老婆心ながら・・・・

_ TAKE(管理人) ― 2008年07月03日 11時04分12秒

araさんコメントありがとうございます。

このブログも似たような事はよくありますし、確かに皮肉や嫌味をいうコーナーがあってもいいと思います。

ただ、それと「意図の解釈を制限しておきながら、意図を説明しない」というのはちょっと違うと思います。

誤解を招くような表現をして、その結果、不快にさせたから「表現を謝罪する」というのはよくある話ですし、私も稚拙な表現を責めたりはしません。
(自分自身の表現が一番稚拙ですから)

ただ『中傷する意図は全くありませんでした』と、自己の『意図』を弁解するのは、謝罪とは話が違います。

『意図』を弁解するならば、『真の意図』が他にあるはずです。

 「伝えたい事は違う」と否定するならば、「どのように伝えたかったか」を説明できるのは書いた本人だけです。

 仮に「読者のお好きなように読み取ってください」というならば、読者が読み取った結果「侮辱する意図がある」と捕らえたとしても、その事を否定する事は許されません。
(「自由に読み取っていい」といった以上、自分の思いと違う読み取り方をしてもそれは『自分が許した自由』の範疇として扱わないとおかしいので。)

----
「不快表現の謝罪」なら別に問題ないのですが、

「意図の誤解」を述べておきながら「意図の説明」を行わない。
そんな中途半端な姿勢が問題だと思います。

「何を伝えたいか」(意図・主張)と「どのように伝えたいか」(表現)は全く異なるもので、意図・主張はすべての「表現者」にとって根底の部分であり本来「疎かにしてはいけない」部分です。

視聴者側にゆだねるか、伝わるまで努力するか決めるのは、表現する上で「表現者側」が決める一番最初の行為です。

これを中途半端にした釈明をしていること。
これが一番の問題だと思います。
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これは「表現」の問題ではなくて、「文を書いて自分の主張を伝える」という事の根本に対する姿勢の問題です。

元々「素粒子」の『表現』そのものが問題になった時、このブログでは取り上げませんでした。
今回、取り上げたのは、回答(asahi.comでの記事掲載)で『意図』の言及を中途半端に行ったという事に、「文章を書く」根本姿勢の甘さを読み取ったからです。

そして、それは「表現の未熟」とは全く異なり、「物書き」としての「あり方」そのものの問題だと思うからです。

_ ara ― 2008年07月03日 21時12分23秒

だから・・・・です。
彼は、時事評論として面白おかしく書いている訳ですね・・・・くだらない、と、言ってしまえばそれまでなのですが・・・・・人は受け流すべき時は、それも人生には必要なことなのです。
謝り方が悪いからと、それを詰ったところで何が残りますか?
詰った本人の度量のなさが目につくだけなんです。
謝り方が問題だとしても、死刑維持の大勢は覆ることはないのです。
影響の少ない、今では少数意見に分類されてしまっている死刑廃止という、側の、取るに足らない事柄に拘るのは、逆にあなたが素粒子さんの朝日さんの分別識見を認めている証拠でもあるのですよ・・・・

文字を書く者は、他人の謝罪文の稚拙さを詰ってはいけません。
それは己れに戻ってくるからです。
素粒子さんは、中傷したのではなく、ちょっと皮肉ったつもりであったのでしょう、それがちょっとではなかった文言であったのを後で知って理解した、と、言うことなのでしょう・・・・そんなものなのですよ、書き手、と言うものは・・・・・
私なども度々、逸脱してしまいます。だから分かってあげられるのです・・・・・
鳩山さんもその理解はできるのであろうと思われます、が、被害者の方々の感情を思えば、一言言って差し上げねばまずかろうと、思ってのことでありましょう・・・
発信する側は、いつもいつも最高の言語で発信しているのではないのです。これは政治を行う者たちにも言えることです。
いつも反省です、その軽はずみな言葉の与える影響を鑑みては反省です。
皮肉を中傷と理解(誤解)されてしまう場合も多々あります・・・・・怖いことです・・・・・

_ TAKE(管理人) ― 2008年07月03日 22時08分46秒

ん~、ですから「謝罪表現」を問題にしているのではないのですが。

元々、この元の文章は
「不快表現に対する謝罪」と
「意図の『中途半端な説明・釈明』(侮蔑する意図はなかった)」という
『二つの内容』が存在します。

この後者の「意図の『中途半端な説明』」が問題だと言っているのです。

「中途半端にしか説明しない」というのは、「稚拙な表現」ではありません。
「説明しようと心がけるかどうか?」という、執筆姿勢に関わる部分です。

この時、
「説明しようと心がける」なら説明しないといけないですし、
「読者の理解に任せる」のであれば、最初から「意図の説明」はいりません。

適当に使い分けて、「他人の解釈を否定しながら、自分の意図を説明しない」というのは、明らかに文を書く上では卑怯です。

それを『中途半端』に書いている。
ここに問題があるといっているのです。

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>文字を書く者は、他人の謝罪文の稚拙さを詰ってはいけません。
>それは己れに戻ってくるからです。
>素粒子さんは、中傷したのではなく、ちょっと皮肉ったつもりであったのでしょう、それがちょっとではなかった文言であったのを後で知って理解した、と、言うことなのでしょう・・・・そんなものなのですよ、書き手、と言うものは・・・・・

確かにその通りです。
ですから、「謝罪表現」については何も言っていません。

私が問題にしているのは「執筆姿勢」(執筆するという事に関しての考え方)そのものです。

実際、今の状況は、素粒子さんの気持ちを「ara」さんが慮っているだけです。
「読み手の自由判断」という事です。

ならば、
「そうは言っても、実は侮辱しているんだろう」と解するがいても否定する事は許されません。
(それも「読み手の自由判断」なので)

それを片方は「そんな意図はなかった」とし、片方については「説明しない」

そのように『意図を中途半端に説明・釈明』するという行為。

これが、「執筆姿勢」として問題だと言っているのです。

------
何度も繰り返しますが、「謝罪の仕方が悪い」という事は、一度も責めていません。

ここを勘違いしないでください。

『記事を書いた意図』を中途半端にしか説明していない。
その「執筆姿勢」を問題視しているのです。

_ TAKE(管理人) 追記 ― 2008年07月03日 22時15分59秒

毒舌を貫くなら貫いてもいいと思います。

なら「不快な気持ちにさせたこと」のみを謝罪だけすればよいのに、

「そんな意図はなかった」と自分の書いた記事の「意図の弁明」に走った。
しかもそれが、中途半端。(本当の意図は説明しない)

その行為が「執筆に対する態度・意識、自分の記事に対する考え方が、物書きとしてはあまりにも低すぎる」といっているのです。

_ uki ― 2008年07月04日 09時41分07秒

私的には、もっと問題があると思う毎日新聞の英語版での長年に亘る、とんでもない記事の配信についてはいかがお考えでしょう?

_ TAKE(管理人) ― 2008年07月04日 12時04分49秒

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080620-00000003-jct-sci
のことですね。J-CAST などでも読みました。

時期を逸した事と、あまりにも報道としての「発信する側」としての意識の低さに、コメントのしようがなかったので(というより、今回よりも派手に荒れた記事になり、自分自身が収集つかなくそうだったので)
当時はパスしていました。

多少、落ち着いたので、今は冷静に書けそうです。

これらは、日本のマスコミ界が、報道姿勢・執筆姿勢を失い、単なる「垂れ流し」となりつつある一つの象徴なのだと思います。

個々に記事を書く者が、「大新聞社に守られる」という形で、自分の記事に責任を持たない。
法的責任という意味でなく、執筆者としての道義的責任・発表責任を取らない。

そのような、書き手としては一番最低な部類に入ったのだと思います。
(まだタブロイド紙の方が、腹を据えてゴシップ記事を書いているので、覚悟・意識の点では数段マシです)

通常の記事にでは、「大本営発表(政府発表)」等を、そのまま掲載し、『政府発表どおり』という免罪符をもって、自分の発言責任を回避するようになり、
一方で、発言はするけれど、自分の発言目的(主張)を聞かれたとたん、まともに答えることもできないような、目的の無い記事の垂れ流しを行うという、体たらくぶり。

もはや「大手報道に人材はあまりいない」といったところでしょうか。

※ いい人ほど、独立してフリーになってしまう。これはテレビでも同じように思います。
……まあ「売れているから」と勘違いしてフリーになってしまう似非もいますが。

「表現の自由」と「表現した事に対する責任」
「思想・信条の自由」と「思想・信条を広める事に対する責任」

この意味を、もう一度、正しく取り直して欲しいものだと思います。

……ただ、報道に限らず、日本人全体に「(法的ではなくて自分自身に対する)責任」を背負う覚悟が衰退しているように感じます。

仕事に「自分の覚悟」があれば、偽装なんてしようと思う事もないでしょうし、「他の人も言った・やったから」と、「自分がした事」そのものについても「他者」を理由にしたり、「自分の行動結果は、まず自分自身が背負う」という基本的な部分を失いつつあるように感じます。

ちなみに、報道ではないですが、
http://www.f7.dion.ne.jp/~moorend/news/
「虚構新聞社」
の書きっぷりと、背負いっぷりは賞賛に値するし、記事としても読んでいて面白いものだと思います。

_ ara ― 2008年07月04日 22時54分21秒

ありがとうございます。
例えば、手品で種明かしというものがありますが、それをやってしまったら、もう手品ではありません。
例えば、ギャグや比喩を事細かに説明してしまったら、それはもう話し言葉や文章としての意味を失います。
発明や発見の中にもその様な例は散見されます。なーんだそんな事だったのか・・・・で、一巻の終わり、チョン・・・・です。
つまり、素粒子さんが、意図を求められて丁寧に説明してしまったら、素粒子さんの役目は終わります。

読み手があれやこれやと勘ぐって勝手に自由自在に理解させるのが、意図なのです。
でも、それを言ってしまったら元も子もないのです。
平たく言えば、川柳、短歌、俳句、の類に近いものではないですか・・・・詠み人が、説明や言い訳をしなければならないようでは、それは愚作か、ものすごい芸術かのどちらか・・・です。

_ TAKE(管理人) ― 2008年07月04日 23時39分12秒

擁護したい気持ちは判らないのでもないですが…

ならば、何度も書いている通り「そんな意図は無かった」という事自体がおかしいのです。

もし、言われるように
>読み手があれやこれやと勘ぐって勝手に自由自在に理解させるのが、意図なのです。

というのであれば、今回「そんな意図は無かった」と弁明し、読み手側の自由理解を制限するような発言はあり得ないはずです。

(どんな風に理解しようと構わないと突き放しているはずですから)

それを弁明した。

だから、「記事に対する姿勢そのものが中途半端」。
批判があった程度で、簡単に翻してしまうほど中途半端な「姿勢」で記事を書いている。

と、言っているのです。

araさんの、言われている事は理解できるのですが、

理解すればするほど、あの「中途半端な弁明」が、「それまでの執筆姿勢」を否定する行為としかなりえないのです。

_ TAKE(管理人) 追記 ― 2008年07月04日 23時44分26秒

何度も書きますが、

「今回の弁明」を肯定すれば、「今までの執筆姿勢」(読み手に任せる)を全否定する事になりますし、

逆に「今までの執筆姿勢」を肯定するのであれば、「今回の弁明」(書き手が弁明できる)が否定される。

このように「両方が同時に成り立たない」事を行った。

しかも、「明確に切り替えた」ならまだしも「完全な弁明はさけた」。
つまり『中途半端に切り替えようとした』と言う事は、「どちら側にでも翻せる」という「逃げ」の姿勢でしかない。

という事を言っているのです。

_ Scep ― 2008年07月06日 04時19分44秒

TAKEさんの仰ること、良くわかります。話の流れに矛盾があれば指摘されるべきであり、そこに説明を求めるのは当然だと思います。

当該記者(もしくは新聞社)は、その説明が出来ないほど適当な事を書いている訳ではないでしょうし、もし誤りがあったのであればそれを認める必要があるでしょう。そこを誤魔化していたら、何を言っても(書いても)疑わしくなります。

また、このような指摘が後で自分にも返ってくるのであれば、自分の誤りを正し、よりスキルアップできるという意味で、それはむしろウエルカムで有難いことだと思います。

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