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Shall we 著作権2008年05月25日 18時04分30秒

「Shall we ダンス?」 振り付け著作権めぐり提訴
5月25日8時1分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080525-00000040-san-soci&kz=soci

さて、この問題。よくわからない人が多いと思います。

で、なるべく簡単に説明したいと思います。
……説明できたらいいな。

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ポイントは次の2つの条文です。

著作権法

第十条  この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
三  舞踊又は無言劇の著作物 (他略)

第十六条  映画の著作物の著作者は、
『映画のために翻案され、又は複製された(略)音楽その他の著作物の著作者』を除き
『制作、監督、演出、撮影、美術等を担当して(略)全体的形成に創作的に寄与した者』

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まず、この映画上の「わたりとしおさん」振付のダンスが著作物であることは、10条の3ですぐ理解できるでしょう。(というより、ダンスが著作物だというのは常識です)


次に問題なのはこの「著作物」が、わたりとしおさんの物なのか、角川映画の物なのかという事です。

これは16条の問題です。

このダンス部分が、前半の「映画のために翻案された音楽その他の著作物」となるか、後半の「演出」に過ぎず独立性の無い部分(映画がないと成立しない部分)と判断するかによって、どちらのものかに決まります。

で、ここからは私見ですが、明らかに「独立した創作物」だと私は考えます。
(ダンス部分は映画が無くても存在・成立できる)
映画のために作られましたが映画が無くても存在できる、つまり「映画のために翻案された(または複製された)著作物」なので、私は「わたりとしおさんの著作物」と判断するのが妥当だと考えます。

ですから、もしこの「ダンス」を演じるのであれば、それは角川ではなくてわたりとしおさんの許可を取る必要があるでしょう。

>>「独創性や創作性は明らかで、私が振り付けの著作権者」と主張。角川映画側と振り付けに関する契約書は交わしていないが、脚本家と同様に二次使用料を受け取る権利があるとしている。
(本文抜粋)

と言っていますが、まさに「正当な主張」です。
権利譲渡契約が無い以上、創作者である「わたりさん」に帰属するものであり、自然に角川に帰属するものではありません。
このあたりは、映画に挿入された音楽などについて作曲家・作詞家に権利帰属するものであり映画制作者に帰属するものではないのと同じ考え方が採用されると思います。
というか、採用せずに「企業側有利」な判決を出すようでは、「映画関係については、創作者保護をしない」という事になってしまいますので、クリエイターが映画制作から一斉に手を引くようになります。
……結局、日本の映画創作産業はさらなる衰退を招くでしょう。

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>>日本振付家協会の宮崎渥已理事長は「振付家の著作権は規定が確立されておらず難しい問題。最初に書面を交わすなど、振付家側も意識を高めていかないといけない」としている。
(本文)

まさにその通りだと思います。サービス企業の大きな社会的・財政的権力で個々の創作者が潰されていく。
この状況はどうにかするべきでしょう。
彼らが財政的権力で来るのならば、こちら側は法的権力で対抗するべきだと思います。

もう少し、創作者側も「創る事」だけに専念するのではなくて、「生み出した子」(自分の作品)を守ってあげる事も考えませんか?

……とはいえ、私的利用で2次創作をしている人達までいじめるような事はしないでもらいたいものですが。(自分もそうだし)

私的趣味といいつつ、金儲けしている同人ゴロは潰してもいいと思うけどね。
というか、言ってくれれば潰すの手伝うけど。

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にしても、この問題どれくらいの人が取り上げてくれるだろう?
前の初音ミク問題も、こちら側で取り上げている人少なかったし。
(というか、私と他に弁護士の先生だけだったと思う)

初音ミク物も、オタクネタと思っている人が多いみたいだけど、
「音楽著作権」の問題だけでなく、今では、「初音ミクの画像」のような「他の著作権」の問題についてまで考える必要があるのにね。

さらに今では、VPVP(樋口さん)からブレイクスルーしている「初音ミクらによるダンス活動」(MMD)という新たなムーブメントにも波及しているし。

このあたり他のダンスを利用したのもあれば、新たな創作ダンスもあるから、ちゃんと権利関係についての知識がないと変な炎上がおきかねない。

(というか、MMDについては自分もすでに数作品作ってニコ動にアップしている。
(これについては、ダンス創作著作権は一応自分になる…はずなのだが。

実際、『権利』については
「創っている最中」はそんなこと考えない
創ってしまえば、「次の創作」の事を考えるから、
よほどの事が無い限り気にしないんだよねぇ……

これが、創り手側の欠点になってしまうんだろうなぁ。
「儲けるため」に創っているんじゃなくて、「表現するため」に創っているから。

まあ、そういう人をフォローするために、自分達のような存在が必要なんだろうけどね。

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※日本行政書士会連合会は、著作権の普及・発展のため、全国に「著作権相談員」を設けており、その名簿を文化庁に提出しています。(私も登録しています)
http://www.gyosei.or.jp/qanda/kanko.html

著作物を守りたいという方は、どうぞお気軽に。

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ついでに
Vocaloid Promotion Video Project のサイト
http://www.geocities.jp/higuchuu4/index.htm

っていうか、この人「神」と呼ばれてても納得する。
なんで、こんなに使いやすいんだ、このソフト。

このMMDワールドの広がり方はすごいです。
付属のアクセサリも、発注(というかお願い)すれば、誰か「創り手」が乗っかってくれるし。
(創りたがり・踊らせたがりがどんどんと集まって世界を広げていく)

相棒2007年10月24日 22時12分06秒

シーズン6始まる。
http://www.tv-asahi.co.jp/aibou/

しかし、いつもながら面白い。
しかも考えさせる内容も含み重い。

今回はすごかったですねぇ。

「背負う重み」この一言に尽きるでしょう。

実際、ネットでの話になりますが、ネットでは仮想氏名が使えるために安易に背負わない人が多いように感じます。
また、ドラマでも出たように「報道」や、その「報道」を見て騒いでいる「大衆」も。

「力ない一般人だから」という言葉で逃げて、いざとなれば「そんな風になると思わなかった」と逃避する。

厳しい言い方ですが、このように「自分の行為の重さ」が最近軽んじられているように思います。偽装問題や朝青龍・その他色々。

何かをする・何かを語る時に、その「重み」を考えない人が多いのではないでしょうか。

「重くても言う(やる)」人もいるでしょう。
「言いたい」「やりたい」と言う人もいるでしょう。
ならば、いざという時に「大衆」や「一般人」という言葉で逃げないでいただきたいと思います。

何でこんな事を書いているかと言えば、自分の仕事が「重さ」を背負う仕事だからということもあるのですが、このブログを書く前に書いた「コメント」の方の意識も引きずっているからです。

ネットでは、色々、文句を言う人がいてもいいと思います。
「HN」に隠れたり、ネット空間でしか使えないメールアドレスを書いた程度で、「背負った」気になっている人達には、一応相手をしていますが「背負う覚悟」も持たない人間」を相手にすることが、だんだん馬鹿らしくなってきます。

(とはいえ、ネットで書くということは、より多くの人「覚悟を持った人」にも届く可能性がありますから、これからも書き続けていきますが)

実際、見れば解りますが、事務所窓口と会員番号までオープンにしてますから、少なくとも「現実」の私に対しても攻撃を加えようと思えば加えることができます。
当然、反撃はしますが、「いつでも攻撃を加えられる可能性はある」そのリスクは最初から背負っています。


「覚悟があれば」なんでもしていい。とはいいませんが、少なくとも「覚悟もない」人間には、責任ある行動などできないと思います。

今後、裁判員制度も導入されますが、目の前の資料だけで「自分が人を裁く」
その重みを背負い続ける覚悟はありますか?

「間違いのない裁判」などないのですから。
「たとえ99の事件を正しく裁けたとしても、次の100件目が正しいという保証はない」
その重さを背負うのが裁判員制度なのですから。

…今までのように、検察や裁判官を責めていれば済む。そんな時代は終わるのでしょう。

(ちなみに、前夜、「12人の怒れる男」も久々に見ました。
 もう、10回以上も見ているので、ソラでシーンが思い出せるのですが、
 あれも「背負う」という重みを知った上で、事実をみつめようとするヘンリ-・フォンダ。
 日本の裁判員制度でも、いてくれるのでしょうか…。

 ……いてほしいなぁ。

3・2・1・GO!! ういりー!!2007年08月02日 00時50分49秒

ごめん、水曜どうでししょう。

ふいた。
腹いてー

つうか、飲み会開けに、アレはだめだって。
腹痛くてしぬっつーの。

いや、マジで腹痛くてキツイ。
吐きそうになるぐらい、激笑はダメだってば。

マジで腹が痛くて死にそう、
こんなブログに書くことでもないけど、きついってば大泉さん。

それは「事実」である2006年04月02日 00時35分09秒

知り合いに誘われ、little birds という作品を見に行きました。

その感想ですが、

何というか、評価が難しいですね。この作品は。

かっこつけてそれらしく語るなら、人の業の哀しさとか、憎しみの輪廻とか、不条理ゆえの切なさが良くわかりました。などと、語ることもできるのでしょうけど、この作品については、そのような言葉は当てはまらないと感じました。


「映画」というよりも「フィルム」という感じの作品です。

ただ、「フィルム」であるが故に、「それが事実である」ということだけは確実にいえるでしょう。

そして「これは事実である」という言葉が、この作品のすべてではないでしょうか。

とはいっても、ある一定方向からの事実でしかない以上、その事実をどう捉えるかは、見ている人が感じることなので、私はあえてここで語ろうとは思いません。


まあ全体に流れる反戦思想から転化して、ある方向への主義主張に利用された上映会ではなく、500円前後で開催されているならば見る価値はあると思います。

600円だったからよかったとは思うけど、これが1000円代だったら「損した」と思うでしょうね、たぶん。

http://www.littlebirds.net/index.html
Little Birds 公式サイト


マイケルムーアの華氏911が見てみたいと思いました。
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