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「最も無駄」な選択 -八ッ場ダム中止命令 1 ― 2009年09月18日 18時13分43秒
「国の都合だけでいいのか」八ツ場ダム中止に群馬知事
9月18日13時20分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090918-00000574-san-pol
川辺川、八ツ場ダムの建設中止=首相、国交相が明言
9月17日19時12分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090917-00000189-jij-pol
政権交代の間しばらくは様子見をしようと思っていたのだが、いきなり大失策をしてしまっているので書く事にした。
『八ッ場ダムの建設中止命令』
民主党が「物事の基本」そのものについて、全く判っていない事をいきなり証明した一件だ。
こう書くと、八ツ場ダム推進派だからとか、自民党びいきだからだとか批判する人もいるかもしれないが、そんな事は無い。
八ッ場ダム中止なら中止でも構わない。
だが、今、ストップする事が、物事の「道理」「原理原則」そのものから外れている「間違った判断」だと言う事がいいたいのだ。
----------
世の中、過去から未来へと続く時間の中で、どんなモノでも常に選択肢が3つある。
1・そのまま使い続ける。
2・修理・改善をして、今の状況に即した形に変える。
3・古くなったものを捨て、新しいものを導入する。
この3つだ。
当たり前だと思う人がいるだろう。その通り、これは当たり前の「真理」だ。子供でも分かる。
そして、これ以外の選択肢はどこにも存在しない。
目の前のPCだって、「初期のまま使い続ける」か「増設して利用しやすくする」か「新しい機種に変える」以外の方法は存在しない。
このように、これは単純で当たり前の「真理」だ。
ただし、この「真理」については、さらに一つの絶対原則が存在している。
それは「他の手法と併用できない(同時にはできない)」と言うことだ。
・「そのまま使い続ける」のであれば、その期間中「改善」はしないし新しい物を使う事はない。
・「修理・改善をする」のであれば、「そのまま使い続ける」事は当然できない。
・「修理した機種を使いながら、新機種も同じ所において使う」という事はありえない。
・「古くなったものを捨て、新しい物を導入」しながら、古い機種を使い続けるという事もありえない。
(すでに捨てているのだから、使い続ける事ができない)
このように、どれか一つの方法を選択し実行を開始した時点で他の選択肢は実行する事ができなくなる。
これも「真理」だ。
さて、今回の八ッ場ダム。
これは単純に言えば「3」を選択した状況といえるだろう。
「今までの吾妻渓谷・川原湯温泉・周辺集落その他の状況」を捨て、「新たな八ツ場ダム・新たな川原湯温泉・新たな周辺集落」を取得する。
これを、何十年もかけて、住民も含め全員で紆余曲折を重ね選択した状況だ。
いわゆる「スクラップ・アンド・ビルド」(古い物を壊して新しい物を作る)・(古い物を捨てて新しい物を買う)の原則で動いている状況だといっていいだろう。
そして現在は、すでに「用地取得・周辺施設の建設・住民移動」などが行われている状況。つまり『すでに「スクラップ」はほぼ終了した』状況だ。
この状況で、ストップをかけるということは、どうなるだろうか。
今、目の前にあるのは「スクラップの山」だけだ。
そのスクラップを前にして「どうしようか」と悩んでいる。
「スクラップ・アンド・キープ」の状況だ。
これが、いかに不自然で馬鹿げている状況か、考えれば判るだろう。
「もったいない」という良い言葉がある。この精神は大切だ。
だがこれは、「使えるモノを捨てるのはやめよう」、という事であって「ゴミと化したものを元に戻そう・捨てずに取っておこう」という事ではない。
「もったいないから」と言う理由で、「すでにスクラップ(ゴミ)になっているもの」を大事に取っているのは、ゴミ屋敷の人が『使えるから取っておくんだ!!ゴミじゃない!!』と叫んでいるのと同じ考え方でしかない。
はっきりいって無駄以外の何物でもない
-----
しかし民主党は今回「保留・停止(凍結)」を選択した。
また、今から元に戻す事ができるとすら思っている。
「すでに捨ててしまっているのに」だ。
そんな事、できる訳がない。あまりにも愚かすぎる発想だ。
すでに住民もほとんどが「新しい生活を送る」事を選択した。
「今までの生活」は捨ててしまった。捨てたものを戻す事などできない。
仮に、見た目戻ったとしても、住民全員の中に「捨てた」意識だけは一生残る。
これで「元に戻った」と、本当に言ってもいいのだろうか。
私にはとてもそうは思えない。
---------
「じゃあダムを作れというのか」
そう、ヒステリックに非難する人がいるだろう。
それは違う。ダム建設が正しいかどうかは別問題だ。
今回、問題にしているのは、そこじゃない。
『スクラップ・アンド・「ダム」ビルド』が間違いというなら、それはそれでいい。
ただし、それならば
『スクラップ・アンド・「アナザー」ビルド』がなされていなければいけない、と言っているのだ。
『スクラップ・アンド・ビルド』で「一つの真理」である以上、スクラップの後は「何かをビルド」しなければ完結しないのだ。
これを止めるのは大失策以外の何物でもない。
何度も書くが、「ダム建設を進めろ」と言っているのではない。
「(ダム)ビルド」を止めるなら「(代替)ビルド」に『置き換えられる』ように準備しておかなくては駄目だ、と言っているのだ。
ところが、民主党は「ダム中止」のみしか考えていない。
「代わりの何か」をまったく提示できていない。
「スクラップ・アンド・ビルド」の基本を無視し、「(ダム)ビルド代」がもったいないから、というだけの理由で、「スクラップ・アンド・ストップ(キープ)」というありえない方策を取っているのだ。
これが、民主党の考え方が「根本から間違っている」という意味だ。
-------
「覆水盆に返らず」という言葉がある。
『一旦、こぼした水はどれだけ惜しんでも、元の入れ物には戻せない』という意味だ。
更に発展した考えをもてば、「こぼした水を惜しむより、新しい水を注ぐべきだ」という事もできる。
ところが、民主党は「こぼれた水(八ツ場地域)」を惜しむだけでなく、新しい水を注ぐ事もやめてしまった。
「ダムが無駄」というのは、「『新く注ぐ水』がまずくて高い水だ」と言っているようなものだ。もしかするとそれは正しいのかもしれない。
ただ、それならば、『もっと良い水』を注げばいい。
そんな準備もせずに、「高い水は嫌だ、こぼれた水がもったいない」とだけ嘆き、「あいつが無駄にこぼしたのが悪いのだ」と官僚批判・自民党批判の愚痴を言い続け、ただ空の器を持ち続けている。
これが、今の状況だ。
この状況こそがどれだけ無駄な事なのか理解するべきだろう。
9月18日13時20分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090918-00000574-san-pol
川辺川、八ツ場ダムの建設中止=首相、国交相が明言
9月17日19時12分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090917-00000189-jij-pol
政権交代の間しばらくは様子見をしようと思っていたのだが、いきなり大失策をしてしまっているので書く事にした。
『八ッ場ダムの建設中止命令』
民主党が「物事の基本」そのものについて、全く判っていない事をいきなり証明した一件だ。
こう書くと、八ツ場ダム推進派だからとか、自民党びいきだからだとか批判する人もいるかもしれないが、そんな事は無い。
八ッ場ダム中止なら中止でも構わない。
だが、今、ストップする事が、物事の「道理」「原理原則」そのものから外れている「間違った判断」だと言う事がいいたいのだ。
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世の中、過去から未来へと続く時間の中で、どんなモノでも常に選択肢が3つある。
1・そのまま使い続ける。
2・修理・改善をして、今の状況に即した形に変える。
3・古くなったものを捨て、新しいものを導入する。
この3つだ。
当たり前だと思う人がいるだろう。その通り、これは当たり前の「真理」だ。子供でも分かる。
そして、これ以外の選択肢はどこにも存在しない。
目の前のPCだって、「初期のまま使い続ける」か「増設して利用しやすくする」か「新しい機種に変える」以外の方法は存在しない。
このように、これは単純で当たり前の「真理」だ。
ただし、この「真理」については、さらに一つの絶対原則が存在している。
それは「他の手法と併用できない(同時にはできない)」と言うことだ。
・「そのまま使い続ける」のであれば、その期間中「改善」はしないし新しい物を使う事はない。
・「修理・改善をする」のであれば、「そのまま使い続ける」事は当然できない。
・「修理した機種を使いながら、新機種も同じ所において使う」という事はありえない。
・「古くなったものを捨て、新しい物を導入」しながら、古い機種を使い続けるという事もありえない。
(すでに捨てているのだから、使い続ける事ができない)
このように、どれか一つの方法を選択し実行を開始した時点で他の選択肢は実行する事ができなくなる。
これも「真理」だ。
さて、今回の八ッ場ダム。
これは単純に言えば「3」を選択した状況といえるだろう。
「今までの吾妻渓谷・川原湯温泉・周辺集落その他の状況」を捨て、「新たな八ツ場ダム・新たな川原湯温泉・新たな周辺集落」を取得する。
これを、何十年もかけて、住民も含め全員で紆余曲折を重ね選択した状況だ。
いわゆる「スクラップ・アンド・ビルド」(古い物を壊して新しい物を作る)・(古い物を捨てて新しい物を買う)の原則で動いている状況だといっていいだろう。
そして現在は、すでに「用地取得・周辺施設の建設・住民移動」などが行われている状況。つまり『すでに「スクラップ」はほぼ終了した』状況だ。
この状況で、ストップをかけるということは、どうなるだろうか。
今、目の前にあるのは「スクラップの山」だけだ。
そのスクラップを前にして「どうしようか」と悩んでいる。
「スクラップ・アンド・キープ」の状況だ。
これが、いかに不自然で馬鹿げている状況か、考えれば判るだろう。
「もったいない」という良い言葉がある。この精神は大切だ。
だがこれは、「使えるモノを捨てるのはやめよう」、という事であって「ゴミと化したものを元に戻そう・捨てずに取っておこう」という事ではない。
「もったいないから」と言う理由で、「すでにスクラップ(ゴミ)になっているもの」を大事に取っているのは、ゴミ屋敷の人が『使えるから取っておくんだ!!ゴミじゃない!!』と叫んでいるのと同じ考え方でしかない。
はっきりいって無駄以外の何物でもない
-----
しかし民主党は今回「保留・停止(凍結)」を選択した。
また、今から元に戻す事ができるとすら思っている。
「すでに捨ててしまっているのに」だ。
そんな事、できる訳がない。あまりにも愚かすぎる発想だ。
すでに住民もほとんどが「新しい生活を送る」事を選択した。
「今までの生活」は捨ててしまった。捨てたものを戻す事などできない。
仮に、見た目戻ったとしても、住民全員の中に「捨てた」意識だけは一生残る。
これで「元に戻った」と、本当に言ってもいいのだろうか。
私にはとてもそうは思えない。
---------
「じゃあダムを作れというのか」
そう、ヒステリックに非難する人がいるだろう。
それは違う。ダム建設が正しいかどうかは別問題だ。
今回、問題にしているのは、そこじゃない。
『スクラップ・アンド・「ダム」ビルド』が間違いというなら、それはそれでいい。
ただし、それならば
『スクラップ・アンド・「アナザー」ビルド』がなされていなければいけない、と言っているのだ。
『スクラップ・アンド・ビルド』で「一つの真理」である以上、スクラップの後は「何かをビルド」しなければ完結しないのだ。
これを止めるのは大失策以外の何物でもない。
何度も書くが、「ダム建設を進めろ」と言っているのではない。
「(ダム)ビルド」を止めるなら「(代替)ビルド」に『置き換えられる』ように準備しておかなくては駄目だ、と言っているのだ。
ところが、民主党は「ダム中止」のみしか考えていない。
「代わりの何か」をまったく提示できていない。
「スクラップ・アンド・ビルド」の基本を無視し、「(ダム)ビルド代」がもったいないから、というだけの理由で、「スクラップ・アンド・ストップ(キープ)」というありえない方策を取っているのだ。
これが、民主党の考え方が「根本から間違っている」という意味だ。
-------
「覆水盆に返らず」という言葉がある。
『一旦、こぼした水はどれだけ惜しんでも、元の入れ物には戻せない』という意味だ。
更に発展した考えをもてば、「こぼした水を惜しむより、新しい水を注ぐべきだ」という事もできる。
ところが、民主党は「こぼれた水(八ツ場地域)」を惜しむだけでなく、新しい水を注ぐ事もやめてしまった。
「ダムが無駄」というのは、「『新く注ぐ水』がまずくて高い水だ」と言っているようなものだ。もしかするとそれは正しいのかもしれない。
ただ、それならば、『もっと良い水』を注げばいい。
そんな準備もせずに、「高い水は嫌だ、こぼれた水がもったいない」とだけ嘆き、「あいつが無駄にこぼしたのが悪いのだ」と官僚批判・自民党批判の愚痴を言い続け、ただ空の器を持ち続けている。
これが、今の状況だ。
この状況こそがどれだけ無駄な事なのか理解するべきだろう。
コメント
_ noboru ― 2009年09月19日 05時05分35秒
_ TAKE(管理人) ― 2009年09月19日 16時05分59秒
コメントありがとうございました。
なるほど、確かに”第4の考え方”「スクラップ・アンド・ウエスト」(壊して捨てる)というのもありました。
「使っているもの・使っていたモノ」だけどじゃまだから捨てる。
「壊れたものを捨てるだけで、後は何もしない」
確かにそのような発想もあると思います。
ただ、それでも「なぜ捨てるのか?」
「捨てた後どうするのか?」
その前提は絶対に必要です。
「捨てた後どうするのか?」
その考えが無いまま保留した。
「前の人が捨てたから、前の人が悪い」
それしか考えずに行動した。
「スクラップ・アンド・”とりあえずキープ”」
とりあえず保留・とりあえず凍結。
この発想が問題だと思います。
なお、”とりあえず”と言う選択は、物事を進める上では「考える・決定する事の放棄」であり、停滞し時間を浪費するだけの事ですので、”してはいけない”事とされています。
なるほど、確かに”第4の考え方”「スクラップ・アンド・ウエスト」(壊して捨てる)というのもありました。
「使っているもの・使っていたモノ」だけどじゃまだから捨てる。
「壊れたものを捨てるだけで、後は何もしない」
確かにそのような発想もあると思います。
ただ、それでも「なぜ捨てるのか?」
「捨てた後どうするのか?」
その前提は絶対に必要です。
「捨てた後どうするのか?」
その考えが無いまま保留した。
「前の人が捨てたから、前の人が悪い」
それしか考えずに行動した。
「スクラップ・アンド・”とりあえずキープ”」
とりあえず保留・とりあえず凍結。
この発想が問題だと思います。
なお、”とりあえず”と言う選択は、物事を進める上では「考える・決定する事の放棄」であり、停滞し時間を浪費するだけの事ですので、”してはいけない”事とされています。
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世の中くすりやさんの3つだけと考えるのは偏りすぎ。